「白夜の卵」おまけ小説_『果てしない白夜』

 太陽はいつも白い。赤や黄になんて見えたことがない。白い太陽はきっと冷たいと思う。いや、冷たいというより、温度がないといったほうが正しいのかもしれない。こうなったのはずっと昔、背中を焼かれて殺されかけたせいだと思っている。でもそれは単におれがそう思っているというだけの話で、根拠なんてものはないに等しい。
 なにしろほとんど覚えていないのだ。森が燃えた夜のこと。ずいぶん後になって人づてに聞いた話と、自分の背中の火傷の痕を繋ぎ合わせてなんとなく納得してはいるが、本当にそんなことが起こったのかどうかさえ疑わしいと思う。だいいち自分で自分の背中なんてまず見ないので、火傷のことも普段は忘れている。その程度のものである。
 聞いた話というのはこうだ。おれはまだ幼い子どもで、炎は腰骨の上から背をまるく包み、すっかり小さな火の玉のようになって燃え上がった。火をつけたのは、軍人だかなんだか、とにかくおれの一族を根絶やしにする気だった。実際、おれの家族だの血縁だのは、そのときみんな焼かれて死んだ。おれだって焼け死んでもおかしくはなかった。だが不幸中の幸いというべきか、幼いおれが泣き喚きながら転がった先が湿った下草の茂るあたりで、致命傷に至る前に火が消えた。虫の息だったおれを抱えて走った老婆の手は、火傷から染み出る液体でどろどろになったそうだ。そんな傷を負いながら、どうにかこうにか生き延びた。今でも信じがたいが、おれはなかなか悪運が強いらしい。
 それがそう、いつからだろう。燃え盛る炎を見ても、熱い、という感覚と結びつかなくなっていることに気がついた。真っ赤に焼けた炭も、スープをあたためる電熱線の橙色も、どうしてもそれらが熱を帯びているようには感じられない。とくにこれといった不便があるわけではないが、つい素手で炎を掴んでしまいそうになり、しばしば焦ることはある。
 熱いという感覚は分かる、覚えている。生きたまま背中を焼かれたという出来事よりはよっぽど、感覚のほうが身近にある。ただ火や赤いもの、あらゆる「高熱を帯びているもの」と感覚とが乖離してしまっているのだと思う。残念ながら背中の火傷以外に関連しそうな原因を思いつかないので、まあそういうことなのだろう。恐怖や痛みを忘れても、残るものはきっとある。
 かつておれは見知らぬ誰かから明確な殺意を向けられた。意図を持った人間によって、実際に殺されかけた。生き延びたのではなく、死に損なったのだという思いが、脳裏のどこかにずっとこびりついて離れない。殺意はいずれ毒を帯び、人間を蝕む。
 今では炎を見るたび、あんなものが人間の皮膚を溶かすなんて、といっそ奇妙に思う。ときに途方もなく美しい、自由なフォルム。あれが触れる。皮膚や骨や髪に。舐めるように広がる。触れた先から溶けて崩れ、それらの一部となり、踊るように爆ぜ、色を失う。最後には黒い煤けた物体になって霧散するまで。まるで魔法のようじゃないか。
 だから今でも少し悔しい。巨大な炎のかたまりであるという、あの空の暴君のごとき太陽が、自分にはどうしても白く冷たいものにしか感じられないということが。
 そしておれのこの奇妙な感覚の乖離を、紫苑は知らない。太陽。太陽の温度。思い出すことがある。
 ずいぶん昔、おれは紫苑と例によってぎこちない会話をしていた。
「さっきまで読んでたギリシャ神話に、イカロスって男が出てきた。蝋で翼をこしらえて空を飛ぼうとしたのに、太陽に近づきすぎたために蝋の翼が溶けて墜落する」
 なにやら知識を仕入れるたび、こちらの都合などおかまいなしに話しかけてくるのだから閉口したものだ。しかしおれは一応、律儀に返答する。
 そのころはまだなにもかも目新しかったし、ふたりしてどこか他人行儀だった。
「知ってる、常識の範疇。手に入らないものを禁忌に祀りあげる、説教くさくて不愉快な神話だ」
 身の丈に合わぬものを欲しがるな、という教訓。まるで美談のように語られるその虚飾をおれは嫌悪していた。おれの目にうつる太陽は白くて温度がない。裁きを与えるようなものでは到底ない。
「説教だなんてぼくは思わなかったけど」
「あんたがどう思おうと知ったことじゃない。そう、あの壁の向こうの化け物みたいじゃないか。いい気になって舞い上がるばかりで、内臓が腐ってることに気づきもしない。むしろ喜劇だ。とびきりのコメディだってここまで面白くはないさ」
「どうだろう……ううん。それも違うなあ」
 紫苑は目を伏せ、思案するときの癖なのか、自分のこめかみのあたりに軽くふれながら言った。
「だって結局のところ、人類は飛べたじゃないか。鉄の羽に動力を搭載して、計器を使って進路をとって、空を」
 思いついた端から話すので、たちまち核心がどこだか分からなくなる。ギリシャ神話じゃなかったのか、と問うと、そうだよ、と答えて紫苑は笑った。
「だからさ、やってやれないことはないってことかと思ったんだ。なんでも。どんなことでも。正しい方法をとってさえいれば」
 また極端な解釈をしているうえに、正しいという言葉を安易に使いすぎる。どう答えたものかと迷っていると、紫苑はふわりとあくびをしながら続けた。
「蝋の翼か」
 そして両手を組んで伸ばし、その暗い地下室の中であたかも空をあおぐように上体を反らした。埃だらけの電球がぶら下がっている、古びたコンクリートの天井に目を向ける。
「蝋が溶かされるぐらい近づいたなら、すごく熱かったんだろうな。なにしろ太陽の表面温度は約六千度、コロナにいたっては約二百万度と考えられている」
「……地下暮らしの野鼠には、一生涯届かぬ光にございますれば」
 ばからしくなっておどけてみせると、紫苑は情けない顔になり、「そんな言い方をするなよ」とたしなめるようにつぶやいた。まだ紫苑は知らなかった。なにも知らなかった。おれの背中の火傷の痕や、おれに向けられた殺意について。
「あの都市に暮らしていたぼくにこそ届かない光だ」
「フィールドバリアがあるからか、気候調整のための」
「物理的にはそうだな。でもそれだけじゃない。ここに来てから太陽光の、たとえば紫外線の強さを初めて思い知ったし、それでも凍えるような外気を暖めるほど熱を持つものじゃないってことも分かった」
 さっきの紫苑のあくびにおれも同調し、いくらか眠くなってきていたので、
「あらあらお利口さんだこと」
 と、わざとらしい猫なで声を出した。気になり始めるとどこまでも追究したがるのが紫苑である。このあたりで止めておかないと面倒なのだ。しかし紫苑は軽く首をかしげ、「利口じゃなかったことを嘆いていたのに?」と、ずれているんだか鋭いのか区別のつかない返答をしたあと、唐突におれの顔をまじまじと見つめた。
「きみは紫外線の影響を受けないのかな。ぼくはこれでもけっこう日に焼けたと思うんだけど、きみの肌はいつ見てもなんだか白い」
「……直射日光を避けてる。皮膚に余計なダメージを受けたくない」
 おれは紫苑に聞こえないよう小さく舌打ちしながらそう答える。猫なで声はどうやら逆効果だった。紫苑の貪欲な探究心は、止まらなかったばかりかこちらを向いてしまったらしい。こうなったら諦めるほかない。下手にはぐらかさないほうが無難なことを既に学習していたおれは、しかたなく話をつづける。
「言っとくけど、あんたの外出時間程度なら問題ないはずだ。好きこのんで紫外線で日光浴を楽しんだりしない限りは」
「分かってる。きみは皮膚が弱いのか?」
「あんたよりは強いさ」
 紫苑の表情は目に見えて明るくなる。おれのことを知りたくてたまらないといった様子で、どんなに詮索するなと言っても通じたためしがなかった。詮索するなって、あんたのために言ってたんだけどな。いつも。知れば知ったぶんだけ、あんたの興味はふくらむ。あべこべに。好奇心にはきりがなく、それはきっと、ここでおれ相手に発揮されるべきでないものだ。
 しかしおれの憂いをよそに、紫苑はいきいきと語る。
「皮膚の色素がうすいと、太陽光でも皮膚に水ぶくれができたり、ひどいときには熱傷を起こしたりするって聞いたことがある」
「そういうやつもいるだろうが、おれはご覧のとおり。真っ裸で外へ出たってなんともないね」
「はだかで?」
 皮肉を真に受けて、おそらくは直接的な想像をしたんだろう。紫苑はきょとんと目を丸くした。
「服を着ないで外へ出ることがあるのか?」
 あるわけがない、と断じるとなおも不思議そうに、
「じゃあ平気かどうか分からないじゃないか」
 と言ってのける。一事が万事そういう調子だった。言葉じりをとらえるとか、揚げ足をとるとか、そんな意図は微塵もないらしく、ただ考えたことをその通り口に出す。おれはいつでもうんざりさせられて、面倒で投げ出したくてしかたがなかった。
「あんたね、少しは常識ってものを学んでくれよ。おれはあんたのママでもパパでもないんだ。ついでに兄弟でも、ましてや親友でもない。あんたの脳こそ、蝋みたいなものでできてるんじゃないのか。皮膚は丈夫でも、蝋は溶ける。それこそ日光で」
 紫苑は「ひどい言われようだ」と憤慨し、自分の白い髪を引っ張った。
「なにからなにまでひどい。常識なんてあてにならないだろう。現に壁の内と外ではまるで違った規範が存在した。それにぼくは確かにきみの家族ではないけど、親友にはなれるかもしれない」
「だから、こっちの常識じゃあんたみたいな軟弱者は……」
 おれが眠気と戦いながら言いかけたところに、紫苑が割り込んでくる。
「軟弱なのはその通りだけど。そんなことが言いたかったんじゃなくて、きみのその肌が」
「なに。こっちのほうが蝋みたいだって?」
「違う」
 拗ねた子どものように口をとがらせる。
「きれいだって言いたかったんだ」
 呆気にとられて、おれは「そういうことを言われて喜ぶのは女だけだ」とかろうじて応じた。紫苑はふくれっ面のまま「ふうん」とうなり、
「どうして女のひとは肌をほめられると嬉しいのかな」
 と、思いついた疑問をまたそのままつぶやいた。そんなことおれが知るもんか。ともかくそこで紫苑の興味の矛先がようやく自分からはずれたことに気づき、これ幸いとおれはベッドへ直行する。紫苑はなおもぼんやり天井を見上げている。
 おれは紫苑を掴みあぐねていた。なにもかも危なっかしく見えて、面倒でいらいらさせられるばかりだというのに、放っておくこともできなかった。紫苑も紫苑で、目にうつるものがまだすべて物珍しく見えていたんだろう。持続する好奇心と興奮をうまく制御できず、おかしなところでエネルギーを消耗しつづけていた。今にして思えば、他人とそう簡単に分かり合えるはずもなかったし、それに加えてあんな息の詰まるような地下暮らしを共にしようなんて、考えが甘すぎた。自分で言った通り、おれは紫苑の肉親でも親友でもない。紫苑がおれのことを知らないのと同程度には、おれも紫苑を知らなかった。会話がかみ合わないなんて当然至極だ。
 それでもばか正直に、それはもう今では寒気さえ覚えるほどひたむきに、おれは紫苑と生きた。あの冬。
「紫苑、こっち」
 ひと足先にベッドに入ったおれは、心ここにあらずといったふうな紫苑を手招きする。もう寝る時間よ、と呼ぶ。坊や、子どもは早く寝るものよ、と。
 そのころ、おれはまだひとりで聖都市と戦うつもりでいた。紫苑を巻き込むことなく、できれば紫苑だけでも地下室に匿ったまま。戦って、勝つつもりでいた。そのことしか考えていなかった。後のことなんか知らない。戻ってくるつもりもなかった。だからおれは、自分がいなくなっても紫苑がこの地で生きていけるように、そのための知恵や戦術だけを教え込もうとしていた。
「ストーブの火を落とさないと」
 そうつぶやくと紫苑は立ち上がり、緩慢な動作でストーブに歩み寄る。おれにはまったく温度が感じられない、その炎のゆらめきに手を伸ばす。炎。おれはふと紫苑に尋ねた。
「さっき太陽の温度のこと言ってたよな。何度だっけ」
「うん? 表面は約六千度、コロナは……」
「そんな高温なら、人間なんか一瞬で灰になるな。蝋の翼どころじゃなく」
 なんとはなしに思い出した、木々や人間からまっすぐ真上に噴き上がった火炎のことを。なにかを大声で叫ぶような、苛烈な火柱。おれの復讐心の、おそらくは根源にあったもの。
「灰になる、か」
 ストーブから離れ、壁際にある電球のスイッチに手を伸ばしながら、紫苑はつぶやく。
「いや……六千度だったら、おそらく一瞬で蒸発するな。燃えるとか溶けるんじゃなく、消滅する。熱いと感じる間もなく」
 考えたこともなかったけど、と付け足し、ぱちんと電源を落とした。ややあってからベッドが軋んで、紫苑がすべり込んできたことが分かる。おれは寝返りを打って紫苑に背を向けた。他人と共同でベッドを使うことがうっとうしくて、習慣的に、そうしていた。
 六千度。なかば眠りに落ちながら、おれは考える。超高熱の天体。一瞬で死ねるのか、と考える。そういうのは楽でいいな、と。感覚が乖離したままならなおさら。痛みも、恐怖すら感じないだろう。
 そんなことを考えたとき、不意に紫苑がもぞもぞと動いて、その拍子に腕だか脚だかが背に触れた。ちょうど、そう、ケロイドのあるあたりに。瞬時に緊張が走る。せっかくいい気分で眠ろうとしていたのに。いらいらしたが、動くのも億劫で、おれはじっとしていた。目をつぶって、背に触れる重みを探る。厄介だと思い、思っても無駄だと思う。そして、そこがじんわりあたたかくなるのを感じる。
 そうだった、人間はあたたかいんだった。生きている人間は。
 おれは訝しげにそれを思う。およそあたたかそうには見えないのに。人間の持っている色。おれが温度を感じなくなった炎とは違い、ずっとやわらかな色味を持つ人間たち。ことに紫苑は、髪だってこんなに真っ白で。
 太陽と同じような冷たい色をしているのに。
 背に触れるあたたかさは、まるで冗談みたいだった。こんなものが、なぜこうも自分を落ち着かなくさせるのか、まったく理解できなかった。本能なんだろうか。生き物と死体を区別するための。でも、それだけならもっとほかの方法でもよかったじゃないか。
 答えなどないことが分かっていながら、遠ざかった眠りの尻尾を探すついでに、つらつらと考えつづけた。きっとまだおれには余裕があったのだろう。自信過剰もいいところだ。もしもあのころ、ずっと先のことが見通せたなら、おれはなにがなんでも紫苑と手を切ったに違いない。
 それからどれくらいの時間が経ったのか、正確には思い出せないが、夜半にいちど紫苑が目を覚ました。
「……ネズミ?」
 半分眠っているような、物憂げな声だった。紫苑はおれの反応を待たず、つづけて言った。
「眠れないのか、それとも、こわい夢でもみたのか」
 おれはやはり、返事をしなかった。こわい夢。おれはその言葉を不思議な思いで聞いていた。もうさすがに眠ってしまいたかったが、あまりにも、それまでの自分には覚えのない言葉だったので、驚いた。なにせおれは、夢というものに感情を動かされたことがなかった。夢は夢だ。眠っているあいだに、いたずらに脳が見せるまぼろし。そんなものを、どうして恐れる必要があるのだろう。書物の中で似たような表現を見つけたときにも、実感とは程遠いと呆れたものだった。
 しかしおれの疑念をよそに、紫苑は再び寝息を立て始める。背中の、ちょうどケロイドのあるあたりに腕だか脚だかをすり寄せたまま。
 あたたかさと、疑わしさ。おれはわけが分からなくなる。それ以上、紫苑には追及しようがなかったので、なんとはなしに想像する。こわい夢。もしも眠っているあいだに、とんでもない苦しみや痛みを感じたとして。あるいは、死に瀕して意識を失いかけたとき。
 あの嵐の日、熱に浮かされて眠ったときのように。
 紫苑がすぐ隣にいて、寝ぼけた声で「夢をみたのか」と問うとしたら。「それはただの夢だよ」と、あたたかい体のどこかでおれに触れ、そんなふうに言われたら。
 ふっと緊張がとけ、全身のちからが抜けていった。
 無関係なのだと思った。自分が恐怖を感じているかどうかなんて、きっと問題じゃないんだ。実際のところ、おれがどう感じるかに関わらず。その言葉そのものが慰めであり、ひとを癒すものなのだろう。半信半疑だったが、そうに違いないとどこかで確信してもいた。そういうシンプルなやり方を、おれはそれまで知らなかった。ひとを安らがせる些細な在り方を。いたわられる、ということ。急に面はゆくなってくる。
 紫苑はたったひとこと、それも本人は覚えていないような無意識に近い状態で、おそらくは幼いころに母親から言われたのであろう言葉を、おれに告げた。それだけだ。たったそれだけ。おれはそのひとことを、そうっと腕の中に抱えるようにして、ますます背を丸めた。
 死ぬなら紫苑のそばで死にたい、とそのとき思った。
 巻き込むことになるなんて考えていなかったから、ただ単純に、思い浮かべた。からだのどこかから血を流し、もう助からないと自分でも分かっているとき、たとえば隣に紫苑がいたとする。紫苑はこともなげに言う。こわい夢をみていただけだよ、と。あの平和ぼけした顔でそう言われたら、多分なにもかも本当に夢だったような気分になるだろう。それは六千度の白い火炎の中で消滅するより、ずっと人間らしくて、悪くない死に方なんじゃないかと思った。
 何度も何度も、生き延びる方法を紫苑に教え諭しながら、でも、自分も同じように生きていけると考えたことは一度もなかった。死に際ばかり想像していた。殺意と火傷から芽生えた復讐心は、生きる目的だけを明確に刻みつけ、ほかを全部殺した。そうして視野を狭められていることに気づいたのさえ、ずいぶん後になってからだ。ばからしくて笑ってしまう。
 だからおれは、ただ紫苑にばれなければいいのに、と的はずれなことを考えながらまどろんでいた。追及されたくない、とだけ思った。おれが熱さを忘れてしまっていること。腰骨のうえに火傷のあとが残っていること。それが聖都市の、つまりは紫苑を象徴していたあの街の、明確な殺意によってもたらされたものであるということ。紫苑にだけは知られたくない。
 ――こわい夢をみたんだ。でも夢だった。大丈夫、もうこわくない。
 背後からうっすら聞こえる紫苑の寝息は規則正しく、起きているときの無秩序が嘘のようだった。穏やかで、やわらかい。死と眠りはよく似ている。紫苑の白い髪と太陽の色。沈まない太陽は冷たい。おれは今度こそ眠りに落ちる。死に似たそれを共有する。
 今ではひどく遠い、その冬の一夜のこと。